医療法人ウッドメッド会 森永上野 胃・腸・肛門科

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いまこそ必要な医療現場からの発言 ~持続可能な医療体制のために~ (1)

2001.10.14


日医総研 研究部長  
石原 謙

愛媛大学医療情報部教授

司会 末長 敦 岡山県医師会社会保障部長

岡山県医師会 三木記念ホール  

2001年10月14日 (日)      

 

 私は、元々循環器内科医ですが、研究の過程で、医療生体工学、あるいは医療情報という研究をしていますので、企業の方々と大変おつき合いがあり、知的所有権、あるいは成果に対する報酬をつぶさに見てみますと、日本の医療がいかにボランティア精神に満ちあふれているかということに思いあたりました。更に、また、この春から進んでいる経済界主導の医療改革の方針に対して、あまりに医療界からの発言が少ないので、何とか先生方にご発言いただき、患者さんにも分かってもらいたい。本日は、日本の医療のすばらしさと、行くべき方向性を、先生方に考えていただけたらと思います。

 現在、我が国に不安感が渦巻いていますが、突き詰めていえば、景気対策、雇用対策、安心できる社会システム、この3つが大きなポイントになります。これらは全て、医療、あるいは医療に関連する分野、これを医療セクタといいいますが、非常に大事な分野です。先生方は、うすうすお気づきですが、いま発言しているのは、皆、民間の経済界の方々です。経済界の発言は、注意深く聞いてみると大変面白い。医療を改革せよ、医療費を削減せよといいながら、自分たちが、医療に出ていきたいと思っているのです。本日のポイントになりますが、経済界の言葉と行動は、全く180度違う。私の同僚、愛媛大学医学部、精神科の教授が、「人を見るときには、その言葉を信用してはいけない。まずビヘビア、行動を見よ。」と言っておりました。私は、この言葉に大変納得しております。いまの経済界は、医療を一生懸命叩く、総枠抑制をするようなことを言いながら、自分たちが医療に乗り込みたい。つまり、一般の方々の感触とは全く逆に、セコムもオリックスも、医療費の抑制どころか、医療は、これから大変日本にとって重要だから、俺たちにも儲けさせてくれ、あるいは俺たちが儲けたいと言うことがポイントになっています。そこを見失うと、建前のロジックに振り回されるので、気を付けていただきたいと思います。

 

今こそ必要な医療現場からの発言

持続可能な医療体制のために

 目次:

  1 .日本の医療の現状・・・・・・マクロの成功

  2 .その医療現場の実態・・・・ミクロの犠牲

  3 .なぜ乖離する? 矛盾だらけの医療像

  4 .国家戦略的な成長産業としての医療

  5 .景気回復、経済改革の起爆剤たる医療

  6 .求められる Accountability、広報活動

 そのエビデンスとして、上記6つの項目をお話ししたいと思います。まず、日本の医療が悪い悪いとさんざん経済界は言っていますが、それは本当か。実際には、日本の医療は、マクロで大成功しています。2つ目、その医療現場で、先生方や、私どもが大変苦しんでいるという、ミクロの実態があります。ミクロの犠牲によって成り立っている日本の医療の大成功。それが、どうして、こんなに乖離するのか。これについて少しお話しして、これからの日本を守っていくためには、つまり、戦略産業としてやっていくためには、医療が非常に重要であることに触れ、景気回復、あるいは雇用、そういう起爆剤に、医療が一番適しているのだということを、先生方ご自身に、しっかり認識していただきたい。そのために、どうしたらいいのか。これがAccountability、つまり、先生方は、患者さんにきちんと説明して、広報活動をする。更に、その次のステップは、いよいよ行動あるのみだと思います。

 

受診側から見た日本医療の長所

マクロの大成功!

  ★低廉性(公的皆保険での抑制)

  ★公平性(平等な非営利のモラル)

  ★受診の自由の確保(フリーアクセス)

  ★待ち行列問題無し(需要への柔軟な対応)
    英国の上記と日本での3時間待ちの3分診療との決定的な差違

  ★医療・医療機器の先進性(現物給付・病院間競争)

  ★海外に行く際、治療してから行きますか?
    渡航先の外国で治療しますか?

 まず、受診側から見た日本医療の長所です。日本の医療は、どういうふうに旨くいっているのかをお浚いしますと、先生方ご承知の通り、非常に安い。世界的に見ても日本の医療は安いのです。ですから企業から海外に出向いた方々が、海外の先進国、あるいは後進国を問わず、海外で医療にかかって、その領収書を日本へ持って帰って、先生方に見せると、吃驚されるのです。海外の医療は非常に高い。

 そして、公平性。日本は非常に公平です。どこに行っても、ちゃんと診てもらえます。患者さんから見れば、受診の自由が確保されて、フリーアクセスです。これは実際に、医療施設間の健全な競争が保たれているということになります。

 次に大事なのが、待ち行列問題がない。これは、イギリスと比較すると大変よく分かります。日本もイギリスも、国民総生産GDPに占める総医療費の割合が6%で全く同じです。ところが日本には、待ち行列の問題はありません。日本では3時間待ちの3分診療と言うことでマスコミは、日本の医療をさんざん叩きますが、実際には、僅か3時間待てば診てもらえる。これは岡山大学の名医の先生であろうと、愛媛の田舎の診療所の先生であろうと、全く同じで3時間待てば必ず診てもらえれることが保証されています。イギリスでは、各General practioner(GP:一般開業医)のどこかに全ての国民が登録をします。そして登録したGPで、まず診療を受けます。GPが、この病気は、専門医でないと、あるいは専門の施設でないと治療は無理と判断すれば、紹介状を書いてくれます。それを持って公的の大きい病院、あるいは総合病院に行き、そこで予約をします。その予約ですが、普通、日本人の感覚では、せいぜい1週間以内です。イギリスでは、待ち行列問題と言われる通り、専門医が言うには、「私は1日20人の患者さんしか診ないので、あなたの診察日は6ヶ月後です」と言うのです。癌の疑いとか、重症の患者さんでも6ヶ月後と平然と言い放つのが、今のイギリスの状態なのです。医療をサービスとして提供している側から見ると、イギリスは、医療人の生活が、たっぷり保証されて、加重労働にならない意味で大変健全です。しかし、患者さんの側から見ると、専門医が、すぐに診てくれない。GPから癌の疑いと言われているのに、半年待て、ひどいときには1年待てと平然と言われるのが、イギリスの問題です。日本では、そういう問題はありません。何故か。それは、どんなに遅くなっても、日本の先生方は、ボランティア精神を発揮して、お出でになった患者さんを必ず診るからです。そこのところをマスコミは全く知らぬ顔の半兵衛です。医療に対する需要への柔軟な対応ができているのは、日本の医療の特徴です。

 もう一つ、医薬、医療機器。特に抗癌剤などについては、日本の承認が非常に遅いとマスコミはよく言いますが、あれもマクロ、つまりトータルで見ると間違いなのです。日本の保険医療は、かなり良いところまで来ています。2、3の例外は勿論あるかも知れませんが、実態として、欧米の民間保険、公的保険で支給されるものよりも、遙かに十分なものを、日本は提供してくれています。このことを国民は知らなければなりません。日本の方々が海外に行かれるとき、仕事であれ、観光であれ、健康に心配があったら、日本で治療してから海外へ行くでしょうか。それとも渡航先の、アメリカ、イギリス、あるいはアフリカで治療されるでしょうか。明らかに、日本で治療する方が、殆どだと思います。つまり、日本人一般の方々は、そこの点を、基本的にお分かりなのです。マスコミと経済界の一部の方々に騙されないようにしなければなりません。

 

WHOの報告でも日本の医療制度は仏とともに最上位
(World Health Report 2000)
にもかかわらず医療費抑制の声

   ★本邦医療のマクロ成功は、医療関係者のミクロの

     犠牲の上に成立しているのが現実

   ★若手が参入できる持続可能な医療体制を確保する

     ためにも正当な対価が必要

   ★政府・マスコミは、これを国民に周知すべきなのに

     医療費が日本を潰すかの如き愚論

   ★国家戦略的産業としての医療への投資を!

 日本の医療がすばらしいことは、日医や私の意見だけではなくて、昨年出ましたWHOの報告 World Health Report 2000でも、日本の医療は、フランスと並んで世界第一位です。勿論、ご承知のように、健康・寿命、医療の公平性・低廉性は、日本が断然トップです。アメリカは20位前後で、全然よくありません。つまり、日本医療のマクロの大成功は、このように、世界の公的機関から証明されています。しかし、医療関係者、特に先生方のご子弟が、医学部や、それに関わる教育機関に進むと、研修医問題などで非常に厳しい状態(安い給与で長時間労働を強いられる)に置かれます。先生方ご自身も収益が落ち込んで厳しいと感じておられると思います。日本の医療は、このミクロの犠牲の上に成り立っているわけですから、そのことを、先生方が声を大にして言わなければなりません。私たちは、成長産業である医療福祉を確保するためには、正当な対価がいるということを、ことあるごとに、きちんきちんと、倦まず弛まずマスコミに何度も言っていかなければなりません。今、マスコミは、30兆円の医療費が日本を潰すかのごとき愚論、暴論を吐いておりますが、これは全くの虚構です。あとで紹介しますが、アメリカはGDP比14%という高額の医療費にも関わらず、クリントンもブッシュも「今からの医療は、国家戦略産業だ」ということで、十分な投資をしようとしています。

医療産業の規模と実態

   ★国民医療費:約30兆円

   ★対GDP比:約6%以下の激安サービス

   ★就業人口:約350万人

   ★一人当たり年間売り上げ:800~900万円
     サービス産業での平均1,500万円/年
     気の利いた産業なら数千万円以上が普通
     価格破壊は、実は医療から始まっていた!

   ★現在の医療費亡国論は、保険財政の破綻の
     原因を医師に押しつける、すり替え理論

 医療産業をマクロ的に見てみると、国民医療費が約30兆円です。これは日本の対GDP比で6%以下。非常に安いサービスです。しかも、この30兆円のうち国費(税金)は、せいぜい7~8兆円しか入っていません。あとは企業であったり、国民の納めている保険料です。一方、イギリスもGDP比6%、これは全部税金で支払らわれていて、日本のような保険制度ではありません。つまり、イギリス政府は日本より遙かに十分な福祉政策をとっています。日本の医療関係の就業人口は約350万人ですが、一人当たり年間売り上げ高は、30兆円/350万人から単純計算すると、800万から900万円です。他のサービス産業の年間売上高は、平均1,500万円。少し気の利いた産業では数千万円以上。名の通ったユニクロのようなものでは、小売業も含めて1億円以上の売り上げは当たり前のことです。そう考えると、価格破壊は、実は医療から始まっていた。ユニクロや吉野屋の話ではないのです。日本の医療費亡国論は、なぜ言われるのか。これには2つ根っこがあります。実は、保険制度が破綻しています。ただし、これは保険組合や政府の保険制度設計に大きなミスがあって、民間企業であれば、即クビになるぐらい酷いミスなのです。これを無視して、保険財政破綻の原因を医師に押しつけているのです。もう一つは、マスコミの亡国論に便乗して、経済界の一部が、医療福祉産業へ自分たちも乗り込みたい。医師免許は持っていないが、やりたい、やりたい、やりたい。これは、とんでもない企業集団の医療費亡国論です。

 なお、本日の話は、ざっくばらんな言葉を使っていますので、文章にしないでいただきたいのですが。

 医療現場の実態として、ミクロの犠牲を少し見てみます。

 

研修医過労死事件
-医療現場の実態-

   ★研修医 森大仁医師26歳の急性心筋梗塞

   ★遺族の労基署告訴、損害賠償の提訴

   ★関西医大を労働基準法違反で書類送検

   ★就業は法定週40時間を越え週100時間が普通

   ★給与 月給6万円 時給150円

     新聞各紙'01.4下旬、読売'01.5.15

 例えば、ミクロのサンプルとして、研修医の問題が一番大きい。森大仁医師26歳が関西医大で、急性心筋梗塞のため亡くなりました。遺族が労働基準監督署を告訴して、関西医大の病院を訴えたわけですが、2年ほど経って、やっと書類送検されました。就業時間は法定労働時間の週40時間を越えて、週100時間ぐらい森医師は働いていました。先生方も昔を想い起こされたら、そのくらい何だと思われるでしょうし、私もそう思うのですが研修医時代に週100時間の労働は当たり前です。彼の場合は、月給6万円、時給に換算すると150円にしかなりません。労働基準法では、これの数倍ですから、とんでもない過酷な労働状況です。ここのところは新聞各紙で報道されています。

 

研修医のみ働かせて教授は楽?

   ★文部科学省:某大学の内科での診療時間

     研修医 78時間
     助手  19時間
     教授   3時間

   ★研修医は安価な労働力

   ★大学の意識が低い教授は楽をしすぎ

      読売 '01.5.15

   ★冗談じゃない! 臨床教官の過酷な勤務実態を知るべし

      診療・教育・研究に激務

 この問題にマスコミは、どう反応したかといえば、研修医ばかり働かせて、大学の教授は楽をしすぎだ。週間でみると、研修医は78時間、助手は19時間、教授は3時間しか診療していない。研修医を安価な労働力とみなしている大学の意識レベルが低い。とにかく教授は楽をしすぎていると読売新聞とか文部省が言うわけです。私は、大学人として、声を大にして申し上げたい。臨床教官の過酷な勤務実態、これはもう診療と教育と研究とで大変な激務です。一人が1つこなすだけで精一杯なのに、3つも背負わされて、どれも満足にはできていません。岡山県医師会の先生方の中にも、大学で長く勤められて開業された方がおられると思いますので、よく分かっていただけるのではないでしょうか。教授、助教授が楽をして、研修医を働かせているというのは、とんでもない言いがかりです。医療の現場にいるものは、皆、それぞれに苦しみ抜いております。

 

では病院はボロ儲けか?

   ★病院倒産 過去最悪ペース(年30~50件)

   ★倒産に至らぬまでも買収・転売相次ぐ

   ★病院数は、この10年で1割減

   ★90年の10,100が、2000年に9,300病院

     朝日 '00.8.20など

   ★余程、病院の経営管理能力が低い?

     公的病院の一部は、そうかも知れないが、多くは全く逆

 実際、そうまでして病院がボロ儲けしているのかというと、そうではありません。病院の倒産は過去最悪のペースです。1990年に10,100件あった病院が、昨年(2000年)には9,300病院に減りました。このことは、ちゃんと新聞に報道されています。1割も病院が減っているのです。先日、NHK、BS番組の討論で、アメリカは、病院間の健全な競争が行われているので、この10年で10%減った。だからアメリカはすばらしいと言っていましたが、日本も全く同じなのです。公正な競争どころか、日本の場合、かなり厳し過ぎる競争があると思います。それでは病院の経営管理能力がないのか。そんなことはありません。

 

関西医大総務部長談

   ★研修医制度は、30年以上前から同じ。日本で研修医が
   労働者として認識されているか疑問だ。労働基準法違反
   とは、腑に落ちない。
    98年8月死亡の森大仁研修医に関し(朝日'01.4.29)

   ★この認識は、他院の人事担当も同じ。
    研修医に正当な対価を払えば病院経営は破綻。

   ★関西医大の経営管理能力が悪いのではない。

   ★看護職の待遇も充分では無いことは周知の事実。
    医業費用の約4割が看護婦人件費、約1割が医師の給与
     いずれも充分な待遇では無いにしても医師は主治医制あり

 関西医大の総務部長の話では、「日本で、果たして研修医が労働者として認識されているかどうか疑問だ。もう何十年も前から同じ状態ではないか。他院の人事担当者も恐らく同じ考えだ。」と言っています。研修医に正当な対価を払えば、病院は絶対に経営できません。では関西医大の経営管理能力が悪いのかと言うと、そうではありません。先生方、先刻ご承知の通り、保険点数の設定があまりに低いので、人件費を極力抑えないと病院はやっていけないのです。幸いにして、医療職に就こうとしているものは、皆、ボランティア精神が旺盛であり、更にまた、子弟を医学部に進ませる親達は、大体、経済的に何とか食っていける方々ですから、子供が医者になっても、支援を受けるどころか、逆に子供を経済的に助けて、何とか研修医時代を乗り切らせています。それで、病院も医者の給与を低く抑えることができるのです。勿論、看護職の待遇も全然良くありません。医業費用の約4割が看護婦さんの人件費で、約1割が医師の給与ですが、これが、いずれも恵まれていない。つまりは、医療がサービス産業として十分認識されていないのです。

 

患者さんもミクロの現場の犠牲者

   ★平均余命、平均健康余命は世界一だが

   ★プライバシーの無い外来

   ★短い受診時間、回診ももっとして欲しい

   ★狭い、汚い病室、風呂、トイレ

   ★選択の余地の少ない食事

   ★制約される自由、通信もままならず

   ★もっと入院したいのに追い出される現実

   ★私の一世一代の大事である病気なのになぜ?

 この結果として、患者さんもミクロの犠牲者なのです。平均余命、平均健康余命が世界一で、本来、良いはずなのですが、病院を受診した途端、プライバシーのない外来。短い診察時間。入院すれば、回診をもっとして欲しいが、なかなか、そういう時間を取ってくれない。狭い汚い病室で、風呂もトイレも恵まれていない。食事も選択の余地がない。自由は制約されるし、パジャマはお仕着せのものを着せられる。病院の中に、PHS、携帯電話を持ち込むなと言われる。実際には、PHSは病院内で使用しても全然問題はないのですが。そして重大な病気で入院して、もっといたいのに、「早く退院してくれないと、次の患者さんが待ってます。」と冷たく言われる公的大病院があるのも現実です。患者さんの目から見ると、私の一世一代の大事である病気なのに、何で、こんなに冷たい仕打ちを受けるのかと、お感じになっておられると思います。患者さんは、当然、その不満の矛先を医療機関や医師に向けます。患者さんも犠牲者であることは間違いありません。しかし、そういった不満を医療機関や医師に向けるのは、とんでもない間違いだということを、本日、ご出席の先生方が、口を酸っぱくして国民の皆様にお伝えしなければならないと思っています。

 どうしてこんなふうに医療が誤解されるのか。どうして認識が乖離するのか。これについて私も良い解決法は持っていないのですが、誤解を受ける色々な理由はあろうかと考えています。

 

中医協データ:医師は大金持ち

   ★月間収入240万円との大金持ちイメージ
     個人開業医療機関の収入差額を所得視(朝日NP '01.6.14)
     借入金返済も含み、最頻値100~150万円なのに

   ★実態は、維持再生産できな報酬体系

     日医総研報告書が他のライフラインと精緻に比較

   ★公務員たる勤務医の給与は、他と一緒

     大学内で時間給にして比較すると最低

   ★その勤務医が開業したがらない過酷な現状

 中医協のデータでは、医者は大金持ちだ。ましてや個人診療所の医者は、月間240万円の収入がある。それは怪しからんと言うのです。一見240万円というと、貧乏なサラリーマンの駆け出しから見れば大金かも知れません。しかし、大企業に勤めているサラリーマンからは、これで生涯のお終りかと、冷めた目で見られるぐらい、彼らにとって大した額ではないのです。

 マスコミの管理職も、皆、分かっていて、医師は金持ちだという記事をどんどん書いているわけです。この240万円も、大阪府医師会の調べでは、実際に、最頻値は、もっと低いところにあります。しかも、この数字自体が、開業医の収支差額そのものを所得額にしてしまって、借入金の返済、あるいは老後の問題を全部ひっくるめていることなど、マスコミは書いてはくれません。これについて、日医総研のレポートに、前田研究員が、維持再生産するために、他の産業、ライフライン産業と比較した場合、日本の医療はどうかということを、きちんと計算し、その上で、日本の医療は全く駄目だと言うことを証明しました。維持再生産できないという、はっきりしたデータが既に出ているのです。こんなことで我慢していたら、日本を潰してしまいます。医学部で医師として働いている公務員の方々の給与は、他の公務員と一緒です。それでいて、仕事は、診療、研究教育と多忙を極めています。しかも、夏休み・正月休みは、大学の医療者にありません。文学部、工学部、教育学部の先生方は、たっぷり、年間3分の1か、ひょっとすると2分の1くらい、お休みがとれるのです。それでいて、大学の勤務医は、なかなか開業したがりません。開業という過酷な診療現状を知っているからです。

 

誤解を招く医療費報道

   ★開業医の月収240万円
     朝日NP '01.6.14等

   ★再査定額が年間150億円とレセで水増し
     読売NP '01.7.13等

   ★205円ルールの打ち出の小槌、
    年1,500万円を儲ける
     毎日NP '01.7.16等

 医療費の報道は、誤解を招くことだらけです。再査定額が年間150億円。医者は怪しからん。レセプトの水増し請求だという声があがるわけですが、30兆円の額が動くときの150億円。しかも私たちから見ると見解の相違が随分あるし、理不尽なことも沢山あります。これだけ透明に診療報酬の請求を行っているのに、まだ、不正請求だという。205円ルールも大問題になりましたが、Out-lawなインチキ医者が「205円ルールは打ち出の小槌だ。おれのところは、これで年間1,500万円も儲けている。」と言ったのを、マスコミは鵜呑みにして、新聞に堂々と載せるのです。ちゃんと計算すれば、こんなに旨くいく筈がないのです。

 

他の産業の平均年収の実態

   ★特殊法人天下り役員:1,800万円(退職金は別)

     朝日NP '01.7.17、有力法人トップは2,400万円 読売NP '01.7.5

   ★平パイロット:2,400万円

   ★大企業の幹部:2,000万円超など当たり前

   ★優秀なトレーダー:数千万円以上

   ★国会議員平均所得:3,243万円

     朝日NP '01.7.3

   ★優秀な保険外交員:3,000万円以上

   ★中小企業オーナー社長の平均年収:3,000万円

   ★日本のミリオネアリストを見てみると

     大リーグ選手会の平均年俸190万ドル(2億4千万円)

 他の産業の平均年収、純粋に年収だけで見てみると、特殊法人の天下り役員は、仕事をそれほどしないのに、大体、1800万円ほど貰います。これ以外にも退職金が別にあって、福利厚生とか何とかかんとか、自分の利権がいっぱいあるのです。有力法人のトップは2,400万円程度。先生方が診療現場で、汗水垂らして働いている収入と比べて、愕然とするほどの金額を彼らは貰っています。数年前になりますが、全日空の平のパイロットが年収2,400万円で、これでも待遇改善を求めてストライキをしました。大企業の幹部は、2,000万円以上の年収を貰っているのは当たり前。その後の恩給のすばらしさ、年金のすばらしさは、ご承知の通りです。証券とか株のトレーダーは、年間の収入が数千万円以上、1億円を超すものが何人もいます。改革を叫ぶ国会議員の平均所得は、3,243万円です。優秀な保険外交員は、年収3,000万円以上確保しています。中小企業のオーナー社長の平均年収も3,000万円以上です。これらと比較して、開業医の何もかもひっくるめた、むき出しの月収入240万円が多過ぎるという理由がはっきりしません。このことから、医療機関の収入が高額だといって、他から叩かれる必要は全くありません。

関連するマクロ経済の実態

   ★社会保障給付費の対GDP比 (社会保障統計年報99年)

    日本15.2%、英27.2%、独33.3%、仏37.7%、米18.7%

   ★公共投資(税収90兆円、自動車に関する税9兆円うち道路特定6兆円)

     日本約6%、米1?2%、英米仏独伊カナダの合計より巨額

     96年度は、約50兆円に250万人雇用(公共事業着工統計)

     長期計画:新道路整備78兆円/5年、土地改良41兆円/14年、

     治水24兆円/7年、治山4兆円/7年、森林整備5兆円/7年、

     漁港3兆円/8年、港湾7兆円/7年、海岸2兆円/7年、

     下水道24兆円/7年、廃棄物処理5兆円/7年、

     都市公園7兆円/7年等

   ★90年からの10年で債務残高400兆円増加

   ★医療費の24%即ち7~8兆円が国庫負担

     老人医療費については3割程度

 関連するマクロ経済の実態を、もう少し見てみます。社会保障の給付費(国の給付費)は、対GDP比で、日本は15.2%です。フランスは、WHOのWorld health reportで褒められましたが、対GDP比が37.7%と、非常に高額な支出をやって、日本と並んですばらしいと言われたのです。イギリスは、あれだけ酷い待ち行列問題を抱えて、ブレア首相など、「何としても医者を増やすぞ。看護婦を増やすぞ。」と必死になっていますが、それでも27.2%国から出しているのです。これらを見ても、日本の医療現場は、非常に無理があることが分かります。一方、日本の医療に予算がない、あるいは日本という国が貧乏であるというのなら、一時、理解もできますが、実は、そうではありません。わが国の公共投資を見ても対GDP比は6%です。アメリカが、1~2%ぐらい。更に恐ろしいことに、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、この6カ国の公共投資の合計額よりも日本一国の方が巨額なのです。そういう公共投資をする余裕が日本にあるのか。あるわけはありません。もっと医療の方に回すべきなのですが、各地で建設反対が起こっている公共投資を強引に押し進めようとしています。日本では、老人医療費を何とかしなければと、あらゆる国民の階層が言っているのに、医療費を減らそうとしています。なぜでしょう。そのトリックは、一部の民間経済人、あるいは誤った考え方を持つ諮問会議の方々の意向によるものです。ですから、医療現場が黙っていると、彼らの追い風になってしまいます。公共投資、約50兆円に対して、250万人が雇用されています。医療は、30兆円しかないところへ、350万人が汲々として働いているわけです。更に、この公共投資が、どういうふうに長期計画されているかと言うと、新道路整備計画では、5年間で78兆円まで投資しようとしています。土地改良では、14年間で41兆円、治水では、7年間で24兆円、治山では7年間で4兆円、森林整備では、7年間で5兆円、治水、治山、森林整備など一体ではないかと思うのですが、わざわざ分けています。漁港、港湾、海岸も、それぞれ3兆円、7兆円、2兆円と分けて投資しています。公共投資で甘い汁を吸う人たちが、こういう長期計画に群がっているのでしょうが、医療には、残念ながら長期計画はありません。政治的に、先生方が動かれていなからだろうと思います。日本の借金は、10年間で400兆円も増えてしまいましたが、この借金は、日本の景気を改善するために、全く効果を発揮していません。一方、医療費30兆円のうち、国費からは、僅か24%、7兆円から8兆円しか出されていないのです。老人医療費、11兆円と騒いでいますが、国費が負担しているのは3割程度です。

 

研修医・レジデントは良い制度?

   ★30歳になっても望まぬ仮雇用というこんな状況は
    他の職業にもあるか?

   ★薄給・当直・過労の連鎖(医局員も同じ)

   ★月額手当3万円から20万円、平均数万円

   ★健康保険を加入させないところが過半

   ★アルバイトせずには生活できない
     朝日'01.5.3 読売 '01.5.15等

   ★医療制度の矛盾のるつぼ/しわ寄せ
    医療ミスが現状程度で済んでいるのはなぜか?

 医者は、研修医やレジデントを、皆、望んでやっているのか。30歳過ぎても、相変わらずの仮雇用で、次のポストがあるかどうか分からない。これが果たして、健全な職業と言えるでしょうか。このように若い世代の医師達は、医療制度の矛盾のルツボに放り込まれて身動きのとれない状況です。

医療現場に突きつけられた矛盾

   ★医療費抑制のために協力せよ
     →自立つのために高収益・黒字・効率化せよ

   ★患者さんにはベテランの技術を提供せよ
     →若手医師には修練の機会を与えよ

   ★最善の治療をせよ
     →保険適応のない薬は使うな

   ★EBMで標準的治療をせよ
     →Tailormade Medicineを行え

   ★重複検査をするな(セカンドオピニオン?)
     →前医のデータを鵜呑みにするな

   ★カルテには真実しか書いてはならない
     →保険病名がないと通らない

   ★情報公開やIT武装(レセ電子化)せよ
     →僻地離島ほどNW劣悪、対価・インセンティブなし

 お上から医療現場に突きつけられた矛盾は、いっぱいあります。

 医療費抑制のために協力せよと言いながら、自立のため、高収益・黒字・効率化をせよと言われているのが大病院経営者の可哀想な実態です。

 患者さんにベテランの技術を、そして若手の医師(研修医)も修練させよ。要するにダブルで患者さんを診察せよと言うわけですが、今よりも倍人件費を国が出すかと言えば、それは出しません。

 最高の治療をしなさいと言いながら、保険適応のない薬は使うなと言います。

 EBM(Evidence Based Medicine)で標準的治療をせよと言いながら、同時に、患者さん一人一人に合ったTailormade Medicineを行え。これも完全に矛盾しています。

 重複検査をするなと言いながら、セカンドオピニオンは欲しい。先日、新聞報道がありましたが、紹介医の診断結果(胃癌)を持ってきた患者さんを手術しました。ところが手術してみると胃癌ではなかったのです。そうすると前のデータを鵜呑みにしてはいけないと言って訴えられました。重複検査をするなと言われて、重複検査をしなかったら訴えられる。これなど本当に無茶苦茶です。

 カルテには真実しか書いてはならない筈なのに、保険病名を書いていないと審査が通らない。たちどころに査定されてしまいます。

 情報公開、IT武装(電子カルテとかレセプト電算化)をわんわん言っていますが、それでは、このコストを誰が負担するのかと言う議論は全くなされていません。東京、大阪なら何とかなるでしょう。何とかというのは、インフラ整備が少し進んでいるからなのですが、それ以外の地方では、絶対に無理です。ましてや僻地、離島などでは不可能です。

 

医療の情報開示は少ないか?

   ★仕入れ原価まで明らかな商売は他にある?
     参照:大正製薬による小売店訴訟 '00.5.24

   ★取材メモ内容にまで責任を取る記者はいる?
     カルテ開示や告知が患者さんのためにならない疾患も多い
      記事に相当するのが「診療情報提供書」や「診断書」のはず

   ★医療情報の公開制は他に比べ本当に悪い?
     企業・行政・司法・教育等の各分野と冷静に比較して?
      レセプト処理と請求は毎月棚卸しと監査をしているようなもの

   ★透明性が高く身近な問題なので意見あり
     しかも期待している分野なので誰にも一家言

 医療の情報公開もよく言われています。カルテ開示を主体として情報公開をしろとマスコミは盛んに報じますが、実は、これも間違いなのです。今の日本の医療ほど情報公開が進んでいる産業は、恐らくないだろうと思います。保険点数制度で、医療機関については、仕入れ原価が全部はっきり分かるようになっています。ここで大正製薬の行動を見ると非常におもしろい。大正製薬が製造している大衆向けの薬を、ある小売店がバーゲンのため、チラシに卸売価格を書いて、当店は儲けていないことを公表しました。そうすると大正製薬が、卸売価格はトップシークレットだから公表するなと小売店を訴えたのです。日本の医者が、小売価格と卸売価格はトップシークレットだから公表するなと訴えた試しはありません。つまり、医療現場は、非常に透明性が高い。それが当然だとされています。

 一方、医療の情報開示で、カルテを全部出せと言われますが、カルテには、医者が忙しい中、メモ代わりに、必死になって、ぱぱっと殴り書きをすることも当然あります。そういうものにも責任を取らなければいけないのか。医療現場によく取材に来る新聞記者さんに「おたくが書いているメモ内容に全部責任とれと言われたらどうしますか。」と申しましたら、皆、黙ってうつむくわけです。更に、カルテ開示を単純にしてしまうと、現状では、患者さんご自身の治療のためにならない疾患(精神疾患、癌等々)が結構多いのです。そういった事情もマスコミでは無視されています。記者さんが書いた新聞記事に相当するのは、医師が、公開するという前提で書いた診療情報提供書、診断書、あるいは紹介状のたぐいではないのかといっても、記者連は、いやカルテ全部を見せろといいます。そんな馬鹿なことはない。

 医療情報の公開制は他に比べて本当に悪いのか。本当に一番悪いのは、行政と企業です。教育機関についても透明性は高くありません。特に、役人が関わっているところは、透明性は殆どないと考えて良いくらいです。医療の情報については非常に透明性が高いのです。

 医療機関は、毎月、毎月、レセプトを処理して請求していますが、これは月ごとの棚卸しと監査を受けているようなものです。他の民間企業に比べて透明性が遙かに高いと思われます。

 にもかかわらず、なぜ情報開示と言われるのか。あまりに透明性が高いと、色々なことが見えてくるし、自分の身近な問題なので、意見が沢山あるのです。幾らでも言いたいことがある。しかも、一番期待している分野なので、一家言が、皆さん、おありなのです。そういう仕組みで情報開示を求められていることを、先生方は、端的に感じておかなければいけません。