医療法人ウッドメッド会 森永上野 胃・腸・肛門科

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【病気の話】私が医薬分業から離脱した理由

2002.01.01

―よりよい医療を守るために制度の見直しが必要―

向平 淳(内科・小児科むかひら医院院長)
神奈川県横浜市

 私は平成4年8月から2年半、医薬分業を経験し離脱した。非分業医は時代遅れで反社会的とされている風潮のなかで、これは今でも正しいと思っている。あれから10年、医薬分業は急速に進展した。医療の構造改革の名の下で診療報酬の削減を迫られている今日、まず分業制度の歴史的汚点の見直しが必要である。

以下、分業から離脱した理由を述べたい。

分業に期待したこと

1)薬剤師による再チェック。

2)人件費を節約し税制も有利。

3) 薬価差益からの解放。

4)すべてに患者の利益になる。

 

 そこで分業の相手には当院の患者を知ってもらう工夫をした。処方事務を体験し患者と顔見知りになるために薬局経営者を6カ月間窓口で雇い、2人の薬剤師には当院の調剤と服薬指導を学習してもらうため、各1カ月間の見習い期間を取り、準備に万全を期して分業に入った。

2年後の患者アンケート調査

 平成6年5月23日より13日間で外来患者500人(うち3割負担55%)から、アンケートを取り、無記名で286人から回答を得た。

「薬の受け取りはどちらがいいですか」の結果を図1に示す。当院窓口からは60%、調剤薬局からは27%であった。「医院か薬局かを選ぶ理由」を図2に示した。薬局のメリットは待ち時間が短縮されること、非分業医院のメリットでは説明や質問は医師にしたい人が多く、10%が「健康上」から、約24%が「面倒がなく便利」だと答えた。しかし以前の非分業のほうが「低料金」と気づいた患者(保険が複雑なため診療のたびに料金が異なり、気づきにくい)は5%に過ぎなかったが、診療内容が変わらぬのに高科金は承服できないと反対は強力であった。


調剤薬局からみた医院の値投

 分業をはじめた5カ月間の医院の月平均保険収入を1.0としたときの薬局の総収入は医院の75.2%に達していた。分業しても看護婦を1人も節約することができず、結局分業医院は以前の看護婦2人のままの4.5人で、調剤薬局は3人であった。薬局の1人当たり収入は分業医院のそれとほぼ同じであった。分業前に当院が1.5人で行っていた調剤業務は分業薬局では3人で行い、非分業医院の調剤労働収入が調剤薬局の半分に評価されている現実にがくぜんとした。

分業前後の医院の収入変化と薬局の収入

 分業はじめの5カ月問の医院の月平均保険収入を100として、それ以前の医院収入と調剤薬局の収入の推移を図3で示した。15%は薬価差益でそっくり調剤薬局に移行するから、調剤薬局の収入は医院の90%に達した。

 医者のもとでは悪名高かった薬価差益も場所を移すと、その存在すらも忘れられてマスコミも気にしなくなってしまう。この国の不思議である。またこのころの厚生労働省は薬局に点展開(いわゆるかかりつけ薬局)より2つ以上の医療機関の調剤を扱う面展開(重複薬防止のため)を薦めていた。図3の右端が2医院を調剤したときの収入となる。このように過去に臨床的教育も経ない薬剤師が、患者を知る努力もまったくしないで、いきなり分業薬局というだけで医院を超える収入が保証されるとは。今日、営利資本が大量に参入し、保険薬局が隆盛をきわめている秘密がここにある。


医師の診察代と薬剤師の調剤料

 厚生労働省統計情報部による平成4年6月分の資料から、入院外と分業医院および調剤薬局における1日当たりの診察代と調剤料を算出した。入院外とは病院の外来分も含めた診察料で、全国平均値は129.3点であり、分業医院の診察料は116.1点で、調剤料は130.8点であった。薬局の調剤業務は医師の診察代と遜色ない技術として評価されていた。薬価差益を加えると医師の診察代を凌駕する。健康保険は細かく面倒なうえに医師に全責任を負わせ、年々医師の評価を低めてきた。いっそ医院を廃業して分業薬局に替わればどんなに楽かと思った。これに対し日本医学協会、実地医家のための会、日本プライマリ・ケア学会などでの厚生労働省の答えは「医薬分業制度確立のため」の一本槍であった。あとで示すが、かれらの見解は平成10年度の保険点数ともなると目を覆いたくなる。

分業を解消した理由

 2年間の医薬分業を経験して得た結論は、患者の60%(ほとんど3割負担者)がまだ当院の窓口からの「薬の受け取り」を望み、医院の調剤業務は分業薬局従業員の半分の価値とされ、医療の基本である診察代が軽視され、薬代を離しても分業医院は節税にならない(財務省はお見透し)。なのに日本医師会は分業准進を奨励するばかり。

 2年間を振り返ると、分業以前に教育までして臨んだが医療で最も大切な患者の信頼が得られず、病状に応じた服薬指導は、場所が別の薬剤師に期待すること自体、無理な話であった。当院では従業員がしょっちゅう飛び出して分業薬局に対応せざるを得ず、従業員の削減どころではなかった。分業薬剤師の主な業務は副作用の説明、重複薬防止、配合禁忌、効能説明である。しかし病状を知らないで画一的に行うと患者を不安にさせ、患者は症状ごとの薬を要求しがちとなる。薬剤師の指導は医師の指導と乖離し、いきおい無難でありきたりとなる。結果、患者から頼りにされず、なんの責任も科せられていない薬剤師は気楽なものとなる。

 医師による処方箋の記載不備、薬名の思い違い、保険病名と用法・容量の乖離(基金は一方的に査定し医科が全損)をしても皆無にすることができず、医院内部でのそのチェックは調剤薬局より質量ともに勝るのは当然であった。当院の薬剤チェックは専任の看護婦と窓口の医療事務員とのダブルチェックで、分業薬局の比ではかった。

世界に類をみない変な計算法

 日本の外来医療は薬物の占める比重が高く、患者に対し薬物療法のすべてに責任をもたされている医師は薬剤師がする業務のお膳立てもしなければをらない。飲み方(用法)を決める医師の技術はまったく無償で、薬を出すだけで薬剤師には倍々の保険料加算が転がり込む。
千葉の27歳の主婦が新聞に投書していた。院外処方で同じ薬を同じ日数分もらい錠数が減ったのに、支払いが490円も高くなった。「薬の量で計算するのでなく、「朝・昼→朝・昼・夜」と飲む回数が多いと高くなる。計算法は厚生労働省で決められている」とのこと。どうしても納得できません。
朝日新聞にも「もたれあい招く? 変な計算法」の記事がある。調剤料の計算には日本独特の「日数・剤数倍制」が用いられている。別々な薬でも、たとえば「毎食後」なら1剤。1日1回の薬でも朝食後の血圧の薬と夕食後のコレステロール低下剤で2剤、就眠前の睡眠薬で3剤となる。
1剤2週間分なら700円のところ、2剤なら1,400円、3剤以上は同じで2,100円の調剤料となる。もちろん非分業医院がこれとまったく同じ薬を出してもこの計算は許されない。欧米では薬の数に関係なく、処方箋1枚あたり一定の調剤料が普通で、英国は300円、米国で7~800円くらいという。

平成10年以来の理不尽な保険制度

 今の健康保険は平成10年来のもので、図4は高血圧症薬2剤14日分の再診料である。非分業医科が1,770円、分業医科が2,070円、調剤薬局が2,700円である。「働くほどばかをみる」という、ついに見事な逆転現象である。

 同じ内容でも院外処方箋が810円、院内処方は薬を出す(と役所の意に添わぬ)から510円で、その差300円のペナルティ。これで雪崩を打つように医薬分業が加速した。

 同じ薬をもらっても患者の支払いは1,770円と4,770円に分かれる。処力箋は保険薬局を経ると1枚につき3,000円も高くなる。

この矛盾は全国保険医協会や日本醫事新報の特集に取りあげられたが、日本の医療を健康保険で思うままに経済誘導し得る厚生官僚には聴く耳もいらず、釈明の必要もないのである。



平成12年度における保険薬局の躍進と医科の衰退

 日本薬剤師会が発表した2001年4月の保険調剤の動向で、全保険分の処方箋受取率は全国平均43.5%となり急成長を続けている。平成12年度の全国平均医療費は前年度に比べて、医科-0.4%に対し、保険調剤は+15.8%も伸びた。医療機関の1施設あたりで、病院は-1.1%、診療所+0.6%に対し保険薬局は+8.8%であった。全国の分業率は過去10年で3.3倍の39.5%、薬局調剤医療費は5倍の2兆8,000億円に達した(厚生労働省)。

この薬局調剤医療費の3割が言及してきた技術料である。しかし、残りの7割が薬剤料で占められ、第1位の製薬会社は前年度の+40.2%(法人所得14位→7位)の伸びであった。保険採用の新薬も天井知らずの薬価をつけて、頭痛薬が1錠1,000円を超える異常さである。ますます患者の出費が増えていく。

 こんな情勢のなかで非分業医は全保険投薬の56.5%分を受け持っているのである。しかも前述の高血圧薬2剤14日分のごとく、非分業医は分業医と薬剤師とで出す同じ薬より3,000円も安くさせられているのである。分業制度により患者負担は医科より薬局の支払いが高く69.5%増となった。総医療費抑制を唱える行政が7割もアップの快挙をなすこの不思議さ。

 保険調剤が2兆8,000億円に達したなら、まだ60.5%を占める非分業医は3兆6,000億円分も働いていることになる。しかし非分業医というだけで、診察料は薬剤師の調剤料より低く、処方料は分業医の37%引きで薬剤師の約1/3という差別的扱いのまま屈辱の日々が続く。

 かつて、厚生官僚は日本医師会の崩壊を豪語したという。医師と患者に差別をもち込み、不平等を強いる医薬分業はいまだに医薬分断のままであり、悪法の何者でもない。このままでは、やがて非分業医は人件費がかさみ零細化して歴史のもくずと消えるだろう。同じ医療でも患者に安く奉仕したという(だれにも気づかれぬ)自己満足とともに。

メディカル朝日 2002.1月号より